海賊とアナキストの色である黒は、消し去り、破壊する色である。ニュートンにとって黒は色ではなく、 色彩そのものの否定であり、それらの統合の源である光の対極である。アド・ラインハルトが主張する のは、まさにこの黒の否定性であり、それを無と空虚を理解するための道具として用いた。ゴヤの 「黒い」絵画から、黒と夜が支配するダリの幻覚的な部屋に至るまで、色彩は常にキメラや怪物を 生み出すことを助長している。ジャクソン・ポロックは、生命の痕跡である人間の痕跡から生まれた 白さと、その否定、すなわちすべてを無へと還元する「ブラックホール」の深淵との間の葛藤から 生じる悲劇を演出する。バスキアにとって、黒のこの無限の否定性こそが、奴隷制の背景なのである。
デビュッフェはよくパリ・メトロに座っている人々や街を歩いている人など日常生活から作品の主題を選択した。デビュッフェはフォーヴィスムやドイツ表現主義のような色使いを呼び起こす、ラフで原色の強い絵を描いた。作品の多くは非常に窮屈で閉鎖的な空間に置かれた個人、または人々に焦点をあてたもので、鑑賞者に明確に心理的な衝撃を与えた。1946年後、デビュッフェは友人のアンリ・ミショー、フランシス・ポンジュ、ジーン・ポラン、ピエール・マティスといった友人たちのポートレイトシリーズを始めた。彼はこれらのポートレイトを同じ厚めの材料で、わざと反心理学的にまた反人間的
に、デビュッフェ自身を表現するかのように描いた。ポートレイトシリーズのモデルとなった友人たちは、デビュッフェの似顔絵どころか、ほとんど似ていないポートレイトのあわれな犠牲者となった。
ジャン・デビュッフェ「Grand Maitre Of The Outsider」1947年